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『ユリ熊嵐』の一挙放送がくるので個人的解釈を書いてみた

『幾原邦彦展』の開催と幾原監督の最新作『さらざんまい』を記念して、ニコニコ生放送でアニメ作品『輪るピングドラム』、『少女革命ウテナ』、『ユリ熊嵐』が3月7日(木)から放送されます。
『ユリ熊嵐』は 3月28日(木)19:30~から放送されます。忘れずに見ましょうね!
今回は気付いたことでまだ書いてなかったことや、新しく発見したことを書いていこうと思います。



『ユリ熊嵐』とは:ヒトとクマのためのアニメ。クマカワイイ。
キャッチコピーは「その透明な嵐に混じらず、見つけ出すんだ」

公式HP ⇒ TVアニメ「ユリ熊嵐」公式サイト






『ユリ熊嵐』で気付いたこと(前回省いたEpisode 1で気付いた点も含む)



世界は断絶の壁で、クマの世界とヒトの世界に分かれています。クマはヒトを食べるためにヒトの世界に侵入する。そんなクマをヒトは銃で撃ち殺そうとします。
ヒトはクマを銃で撃とうとする時、必ずセリフを口に出しながら攻撃します。
例えば紅羽が「大切な人はこの手で守る」とか「私はクマを破壊する!」と言う度に銃から弾が発射され、木彫りの熊が破壊されます。
このことから銃の弾=言葉の弾、つまり言霊。そして以前も書きましたが「クマ」は欲望、本能ではないかと。
つまりヒトが言葉(理性)を使って、クマ(欲望)を抑えようとしているんですね。

あと「透明になる」というのは、存在が透明である、自分を持たないというような意味合いの他に、色(エロ)が無いというシャレもかかっていそうです。

まぁ、これだけなんですけどね!



『ユリ熊嵐』と『シャトゥーン ヒグマの森』の比較



『シャトゥーン ヒグマの森』は『ユリ熊嵐』と似ていると、どこかで見た気がしたので(どこで見たのか忘れた)、本当に似ているのかどうか検証してみました。

『シャトゥーン ヒグマの森』とは:作者は増田俊也。ヒグマの恐ろしさを描いた小説。ヒグマの力が強いだけでなく、人間の裏をかき、罠にかけたりする賢さも描かれている。
題名のシャトゥーンとは「穴持たず」という冬眠に失敗したクマのこと。

(*作品のラストに関するネタバレがあるので注意)

あらすじ:
場所は北海道最北の天塩研究林。
主人公の土佐薫(36)はテレビ報道記者。娘と後輩記者と一緒に北ノ沢小屋に向かいます。そこには双子弟・昭と気のおける仲間がいて、年越しパーティなどを兼ねて一週間過ごすつもりでした。
同じ時、森では密猟者がヒグマの仔グマを剥製にするために仔グマを襲いますが、母グマのギンコに返り討ちにされます。
生き残った密猟者は北ノ沢小屋に逃げ込みます。
密猟者を追って小屋にやってきた怒れるギンコに、小屋にいた人々がどんどんやられていきます。
そのギンコ、実は薫が北大猛禽研究グループにいた頃に、電波発信機を付けて位置を測定する生体追跡調査のために捕獲した仔グマだったことがわかります。その際にギンコは足を怪我をしたため、一カ月半を人間と共に過ごします。仔グマだったギンコの愛くるしい様子に研究員の中には情を抱く者もいました。
森に帰ったギンコは違う森に住んでいましたが、そこは人間によって殺鼠剤が撒かれて死の森となり、ギンコは再び天塩研究林に戻ってきたのでした。
執念深く追ってくるギンコに対して薫は呼びかけますが、ギンコはまったく反応を示しません。
最後は薫の娘を餌と定めたギンコ。ヒグマは取られた物を取り返す習性があります。どこまでも娘を追い続けるであろうギンコから娘を守るため薫はギンコに立ち向かいます。そして薫はギンコを退けるのでした。
戦いの末に薫は思います。こんなにも弱い人間が、命を懸けてまで大自然の脅威を守ろうとするのは人間の驕りではないのか、と。

・共通点
クマがヒトを襲うという点が共通。
ギンコという名前の人食いクマが登場する点が共通。
ギンコが仔グマの時に人間と一時暮らした点が共通。
『シャトゥーン ヒグマの森』の主人公の名前は土佐薫。『ユリ熊嵐』には針島薫という人物が登場する。
『ユリ熊嵐』の薫は黒髪ショートヘアの生徒で、生徒達のリーダー的な存在。『シャトゥーン ヒグマの森』の薫は「ショートの髪型。知的な顔をしている。長身で目力がある。美人ではないが端正で男性的な色香がある。」という描写がある。薫の見た目がとても似ている。
ヒトがクマに戦いを挑むというのが共通。
『シャトゥーン ヒグマの森』と『ユリ熊嵐』の薫はギンコと戦い、退けることに成功する点が共通。

これらのことから二つの作品は共通点が多いということがわかります。

・ストーリーに関して
クマがヒトを襲い、ヒトとクマが戦う流れは同じ。
しかし『シャトゥーン ヒグマの森』の薫とギンコはどちらか一方が敗北するまで戦ったが、『ユリ熊嵐』のストーリーでは主人公の紅羽と銀子は友達になる。この点が決定的に違う。
『シャトゥーン ヒグマの森』の最後で薫はこんなにも弱い人間が、命を懸けてまで大自然の脅威を守ろうとするのは人間の驕りではないのかと考える。これは『ユリ熊嵐』との兼ね合いからの意見であるが、殺鼠剤を撒くこともそうだが、保護するというのも人間が自然をコントロールしようとするのと同じで驕りであろう。エゴの一方的な押し付けであるといえる。
なお、薫は『ユリ熊嵐』では他のクマに食べられて最期を遂げる。『シャトゥーン ヒグマの森』の続きを予想させるラストと薫の主張から、そうなるのは自然な流れかもしれない。
『シャトゥーン ヒグマの森』のギンコは怒りや恨みや飢えに身を任せてどこまでも人間を追い続ける。
一方『ユリ熊嵐』では、紅羽は傲慢さを乗り越え、銀子は怒りや恨みを乗り越えて友達になる。

(*密教の世界観を描いた『金剛界曼荼羅』の中にある『理趣会』では煩悩が肯定されていて、高慢な心は、驕りの中にある強い自信が悟りを求める力になり、性愛も本来不浄なものでなく悟りへ至る力になりうるとされています)

・結論
『シャトゥーン ヒグマの森』は『ユリ熊嵐』は似ている。
さらに『シャトゥーン ヒグマの森』には『ユリ熊嵐』の登場人物のモデルになったと思われる人物がいる。
『ユリ熊嵐』と『シャトゥーン ヒグマの森』のストーリーの流れは似ているが、最後に『シャトゥーン ヒグマの森』ではヒトとクマは仲良くならないが、『ユリ熊嵐』ではヒトとクマが仲良くなった場合の結末が描かれる。

意外と似ていましたね。『シャトゥーン ヒグマの森』を参考にした部分もあるのでしょうか?(・ω・)真実は謎ですが。
『シャトゥーン ヒグマの森』面白いからぜひ読んでみてください。ヒグマの恐ろしさを存分に味わえます。


3月28日(木)放送の『ユリ熊嵐』が楽しみですねまた新しい発見があるいいなぁ

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